外部決済革命:日本のモバイルゲーム市場における収益性の再構築

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目次

エグゼクティブサマリー

本レポートは、株式会社サイバーエージェントがゲーム事業において外部決済システムを導入し、大幅な利益率向上を達成したことを受け、同様の戦略を採用している他の上場スマートフォンゲーム運営企業を網羅的に特定し、その動向を詳細に分析するものである。

調査の結果、プラットフォーム手数料(通称「Apple/Google税」)の回避と、顧客との直接的な関係構築という二つの主要な動機から、外部決済の導入は日本のモバイルゲーム業界における構造的な変化であることが明らかになった。この潮流を主導する主要上場企業として、サイバーエージェントに加え、MIXI、スクウェア・エニックス・ホールディングス、コナミグループ、コロプラ、ガンホー・オンライン・エンターテイメント、ネクソン、ディー・エヌ・エーが特定された。

サイバーエージェントが達成した営業利益率32.5%という目覚ましい成果は、この戦略の有効性を示す重要なベンチマークとなっている。同様に、スクウェア・エニックスも決算報告において、外部決済の導入が収益性改善に寄与したと明言しており、この傾向が業界全体に広がりつつあることを裏付けている。

各社の導入モデルは、特定タイトル専用のウェブストア(MIXI、スクウェア・エニックス)、複数のゲームを束ねる独自プラットフォーム(コナミ、ネクソン、ディー・エヌ・エー)、あるいは外部の決済サービスを利用する提携モデル(コロプラ)など、戦略的な志向に応じて多様化している。

本レポートでは、この外部決済への移行という不可逆的なトレンドが今後さらに加速すると予測する。この新たな競争環境における成功要因は、強力なIPの保有、ロイヤルティの高いユーザーベースの確保、そして魅力的で信頼性の高いダイレクト・トゥ・コンシューマー(D2C)体験を構築するための戦略的ビジョンとリソースの有無にかかっていると結論付ける。


第1章 プラットフォーム手数料のジレンマ:市場と規制の力が解き放つ新たな収益源

モバイルゲーム業界における外部決済への戦略的転換は、単なるコスト削減策ではない。それは、長年にわたるプラットフォームの制約から自らを解放し、事業の収益構造と顧客との関係性を根本から再定義しようとする、業界全体の地殻変動である。この動きの背景には、世界的な規制圧力と、各社がより大きな事業コントロールを求める戦略的欲求との複雑な相互作用が存在する。

1.1 30%の壁:アプリストア手数料の歴史的概観

長年にわたり、AppleのApp StoreとGoogle Playは、モバイルアプリケーションのエコシステムにおいて絶対的なゲートキーパーとして君臨してきた。そのビジネスモデルの中核をなすのが、アプリ内課金(In-App Purchase, IAP)に対してデベロッパーに課される15%から30%の販売手数料、通称「Apple/Google税」である。この手数料は、モバイルゲームパブリッシャーにとって最大のコストセンターの一つであり、売上総利益および営業利益を直接的に圧迫する要因となってきた。

もちろん、この手数料は単なるコストではない。デベロッパーは、その対価として、数億人規模の巨大なユーザーベースへのアクセス、安全で摩擦の少ない決済システム、そしてプラットフォームによる信頼性の担保といった恩恵を受けてきた。しかし、市場が成熟し、各社の売上規模が拡大するにつれて、この手数料負担は事業成長の足かせとして、より強く意識されるようになった。

1.2 変化の潮流:世界的な規制圧力と国内の監視が切り開いた道

この膠着状態を打破するきっかけとなったのは、外部からの規制圧力であった。特に、二つの大きな動きが、日本のゲーム会社に新たな道を開いた。

第一に、グローバルな文脈では、欧州連合(EU)のデジタル市場法(DMA)が決定的な役割を果たした。DMAは、Appleのような「ゲートキーパー」に対し、代替決済システムの許可や外部ストアの容認を義務付けるものであった。AppleはDMA違反による巨額の制裁金を受け、EU域内においてApp Storeの規約を大幅に変更せざるを得なくなった。この出来事は、プラットフォームの「壁に囲まれた庭(Walled Garden)」に亀裂を生じさせ、世界中のデベロッパーに新たな可能性を示唆する象徴的な事例となった。

第二に、より直接的な影響を与えたのが、日本の公正取引委員会(JFTC)による監視強化である。JFTCは、Appleがデベロッパー規約(ガイドライン)において、アプリ外のウェブサイトでのコンテンツ購入へユーザーを誘導する行為(アウトリンク)を禁じる「アンチステアリング条項」を問題視した。JFTCによる独占禁止法被疑事件の審査の結果、Appleはこの条項を緩和し、「リーダーアプリ」と呼ばれる特定のアプリカテゴリーにおいて、外部ウェブサイトへのリンク設置を容認するに至った。これは、日本の市場において、アプリ内から外部決済へ誘導する道が公式に開かれた画期的な瞬間であった。その後もJFTCは、オンラインモールやアプリストアにおける取引実態調査を継続的に実施しており、プラットフォーム事業者に対する圧力を維持している。

1.3 AppleとGoogleのポリシー譲歩:進化するガイドラインの詳細

規制当局の圧力に応じる形で、AppleとGoogleは徐々にそのポリシーを改定してきた。ゲーム会社は、これらの変化を巧みに活用している。

  • Appleの「リーダーアプリ」例外と外部リンク権限:当初、JFTCとの合意によって許可されたのは、音楽や電子書籍などの「リーダーアプリ」がアカウント管理のために外部ウェブサイトへリンクを設置することであった。ゲームアプリは厳密にはこのカテゴリーに含まれないが、この規制緩和が突破口となり、風向きは大きく変わった。その後、Appleはさらにポリシーを緩和し、全てのアプリデベロッパーが、アプリ外(例えばEメール)でユーザーに代替の購入方法を案内することを許可した。さらに、特定の条件下でアプリ内から外部決済へのリンクを設置することも可能になりつつある。
  • Googleの代替課金システム:Googleもまた、特にEUのDMAに対応する形で、EEA(欧州経済領域)のユーザー向けに代替課金システムや外部への誘導を許可するプログラムを強化している。Google Playの決済ポリシーは、原則として全てのアプリカテゴリーに適用されるため、この動きはゲーム業界にも大きな影響を与えている。

これらのポリシー変更は、単に手数料を回避する手段を提供しただけではない。それは、これまでプラットフォームが独占してきた顧客との関係性を、デベロッパーが自らの手に取り戻すことを可能にしたのである。外部決済への移行は、ユーザーに自社のウェブサイトへアクセスさせ、独自のID(例:Cygames ID、スクウェア・エニックス アカウント)で登録させるプロセスを伴う。これにより、企業はこれまでApp StoreやGoogle Playを介さなければ得られなかった貴重なファーストパーティデータ(ユーザーの購買履歴、連絡先など)を直接収集できるようになる。このデータは、より効果的なCRM(顧客関係管理)、ターゲットを絞ったプロモーション、そして複数のタイトルを横断するエコシステムの構築に活用でき、単一の取引における利益率改善をはるかに超える長期的なユーザー価値の向上をもたらす。これは、単なる「プラットフォーム上のデベロッパー」から、自らが「プラットフォームのオーナー」へと進化する戦略的転換を意味する。

さらに、この変化はモバイルゲーム業界の成熟を促す側面も持つ。もはや、App Storeの発見・決済メカニズムに全面的に依存することはできない。MIXIが決済システム「MIXI M」でPCI DSS準拠を達成したように、あるいはコナミやDeNAが独自のポイントシステムや多様な決済手段を備えたプラットフォームを構築しているように、企業はEコマース、ダイレクトマーケティング、顧客サポート、そして高度な決済セキュリティといった新たなコンピテンシー(能力)を開発する必要に迫られている。このことは、D2C(Direct-to-Consumer)エコシステムを構築するリソースを持つ大手企業と、そうでない中小スタジオとの間の競争格差を拡大させる可能性を秘めている。成功はもはや、優れたゲームを作ることだけでは決まらない。魅力的で信頼できるD2C体験をいかに提供できるかが、新たな競争の次元となっているのである。


第2章 成功の青写真:サイバーエージェントの戦略的転換に関する詳細分析

本章では、今回の調査のきっかけとなったサイバーエージェントを詳細なケーススタディとして取り上げる。同社の戦略、実行、そしてその成果を解剖し、他の企業を評価するためのベンチマークを確立する。

2.1 高手数料から高収益へ:利益インパクトの定量化

サイバーエージェントの決算報告は、外部決済戦略の財務的インパクトを明確に示している。同社のゲーム事業は、2024年度第3四半期において、営業利益率が前期比で2.6ポイント上昇し、32.5%という驚異的な水準に達した。同社はこの利益率改善の主要因として「外部決済への移行効果等」を明確に挙げており、同四半期の営業利益が351億6200万円に達したことからも、その貢献度の高さがうかがえる。

決算説明会においても、同社は「外部決済への移行を進めており、その比率が上がっていくと営業利益も改善していく」「今回の決算でもかなり上昇しているが、今後も非常に期待している」と述べており、これが一過性のものではなく、持続的な収益性向上の柱であるとの認識を示している。この成功は、業界全体に対して、外部決済が単なる理論上の可能性ではなく、実行可能かつ極めて効果的な戦略であることを証明した。

2.2 Cygames Storeエコシステム:シームレスな統合とユーザーインセンティブの事例

サイバーエージェントの戦略の中核をなすのが、子会社Cygamesが運営する「Cygames Store」(ウェブストア)である。特に、同社の看板タイトルである『ウマ娘 プリティーダービー』において、このストアは効果的に活用されている。

  • プラットフォームの仕組み:ユーザーがウェブストアを利用するには、まず「Cygames ID」でゲームアカウントと連携する必要がある。この一手間が、前述の顧客関係構築の第一歩となる。連携後、ユーザーはクレジットカード、PayPay、Apple Pay、Google Payといった多様な決済手段を利用して、ゲーム内通貨などを購入できる。
  • ユーザーを惹きつけるインセンティブ:ユーザーにアプリ内課金の利便性を乗り越えさせるための原動力は、明確な金銭的価値の提供である。Cygames Storeでは、アプリ内で購入するよりもお得に、つまり同じ価格でより多くのゲーム内通貨(ジュエル)が手に入るように設計されている。さらに、クレジットカードを持たない、あるいは利用したくない若年層ユーザーを取り込むため、Visaプリペイドカードである『バンドルカード』のようなサービスにも対応している点は、ユーザーリーチを最大化しようとする周到な配慮の表れである。

2.3 先駆者からの教訓:主要な戦略的要諦

サイバーエージェントの成功事例は、後続企業にとって貴重な教訓を提示している。

  1. 大ヒットタイトルで先導せよ: この戦略は、まず『ウマ娘』のような絶大な人気を誇るタイトルで展開された。これにより、新しいシステムへ移行する動機付けの強い、大規模なユーザーベースを確保することができた。
  2. フリクション(摩擦)を低減せよ: PayPayのような身近な決済手段を複数用意し、アカウント連携プロセスを可能な限り簡潔にすることが、ユーザーの離脱を防ぐ上で極めて重要である。
  3. 価値を明確に伝えよ: 「同じ値段で、もっとお得に」という直接的で分かりやすい価値提案が、最も効果的なマーケティングツールとなる。
  4. 好循環を創出せよ: 外部決済によって得られた高い利益率は、さらなるゲーム開発、コンテンツ拡充、ユーザー獲得(UA)に再投資することができる。これにより、タイトル自体の魅力が向上し、さらに多くのユーザーを惹きつけ、外部決済の利用者を増やすという好循環が生まれる。

サイバーエージェントの成功が示す重要な点は、ユーザーがアプリを離れてウェブベースの決済を行うという「一手間」は、業界がこれまで恐れていたほど高い障壁ではない、ということである。ただし、それには「提供される価値が、その手間を上回るほど十分に魅力的である」という絶対的な条件が付く。彼らの実績は、特に価値に対して敏感な高額課金ユーザー(通称「クジラ」)にとって、この戦略が非常に有効であることを実証した。これにより、他の大手パブリッシャーにとって、この戦略を追求するリスクは大幅に低下し、経験的な成功の証拠が提供されたのである。


第3章 追随者たち:外部決済を活用する上場ゲーム企業の包括的調査

サイバーエージェントが示した成功の道筋を、他の主要企業もまた歩み始めている。本章では、ユーザーの要求に直接応えるべく、スマートフォンゲームの課金において外部決済システムを導入していることが確認された上場企業を網羅的にリストアップし、各社の取り組みを詳細に分析する。

表3.1 スマホゲーム向け外部決済システムを導入した国内上場企業の概要

企業名(証券コード)対象の主力スマホゲーム外部決済システム/ストア名導入モデル主要なユーザーインセンティブ確認済み決済手段
株式会社サイバーエージェント (4751)ウマ娘 プリティーダービーCygames Store専用ウェブストアゲーム内通貨の増量クレジットカード, PayPay, Apple Pay, Google Pay
株式会社MIXI (2121)モンスターストライクモンストWebショップ専用ウェブストアゲーム内通貨の増量、ウェブ限定パッククレジットカード (順次拡充予定)
株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス (9684)FFBE幻影戦争 WAR OF THE VISIONSWeb幻導石ショップ専用ウェブストアゲーム内通貨の増量、限定交換アイテムクレジットカード, その他
コナミグループ株式会社 (9766)プロ野球スピリッツA, eFootballシリーズKONAMI Gamesストア独自プラットフォームポイントシステム、ゲーム内通貨の増量クレジットカード, PASELI, PayPay, メルペイ, キャリア決済
株式会社コロプラ (3668)白猫プロジェクト NEW WORLD’S公式ストア (アプリペイ内)外部サービス提携ゲーム内通貨の増量、ストア限定おまけクレジットカード, デビットカード, プリペイドカード
ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社 (3765)パズル&ドラゴンズ, ラグナロクシリーズ(特定のストア名なし)統合決済システム(直接的なインセンティブは不明)クレジットカード, 電子マネー (WebMoney等), PayPay
株式会社ネクソン (3659)メイプルストーリーM, その他NEXONダイレクト支払い独自プラットフォーム(直接的なインセンティブは不明)クレジットカード, Apple/Google Pay, PayPay, WebMoney
株式会社ディー・エヌ・エー (2432)ポケモンマスターズ EX (展開予定)DeNA Pay独自プラットフォームプラットフォーム自体の利便性金融機関口座, クレジットカード (Visaタッチ決済対応)

3.1 株式会社MIXI (2121):『モンスターストライク』の支配力を活かす「モンストWebショップ」

  • システムとタイトル: MIXIは、同社の収益の屋台骨である『モンスターストライク』(以下、モンスト)専用の「モンストWebショップ」を2024年8月14日に開設した。
  • 導入: このウェブストアは、同社の単一IPとしては最も重要な『モンスト』に特化しており、バックエンドではMIXIが以前から展開する決済基盤「MIXI M」が活用されている。
  • インセンティブ: ユーザーへの訴求方法は極めて直接的である。アプリ内課金と比較して、同じ価格でより多くのゲーム内通貨「オーブ」を提供し、さらにウェブ限定の大容量パックも用意している。
  • 分析: MIXIのデジタルエンターテインメント事業は、その売上の71%を『モンスト』が占めており、このタイトルにおけるわずかな利益率の改善も、企業全体の業績に絶大なインパクトを与える。この一点集中戦略は、ROI(投資対効果)を最大化する上で非常に合理的である。

3.2 株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス (9684):主力IPの収益性強化

  • システムとタイトル: スクウェア・エニックスは、人気タイトル『FFBE幻影戦争 WAR OF THE VISIONS』向けに「Web幻導石ショップ」を2025年4月16日にオープンした。
  • 導入: 利用には「スクウェア・エニックス アカウント」が必須であり、ゲームデータを同社の広範なエコシステムに連携させる仕組みとなっている。これは単なる決済チャネルの追加ではなく、ユーザーを自社プラットフォームに囲い込む戦略の一環である。
  • インセンティブ: ゲーム内通貨「幻導石」の増量に加え、このストアでしか手に入らない「幻影マイレージメダル」を特典として付与。このメダルは、ゲーム内で非常に価値の高いアイテムと交換できるため、強力な利用動機となっている。
  • 分析: 最も注目すべきは、同社が決算報告において、スマートフォンゲームの売上が弱含みで推移したにもかかわらず、「アプリストア外決済など決済手段の多様化が進み、収益性が改善した」と明確に報告している点である。これは、サイバーエージェントの事例と同様に、外部決済が利益率向上に直接貢献することを裏付ける強力な証拠である。

3.3 コナミグループ株式会社 (9766):D2Cチャネルを構築する「KONAMI Gamesストア」

  • システムとタイトル: コナミは、『プロ野球スピリッツA』や『eFootball』シリーズといった複数の人気タイトルを対象とした「KONAMI Gamesストア」を展開している。
  • 導入: 同社の戦略は、単一タイトルに留まらない「マルチゲーム・プラットフォーム」戦略である。独自のポイントプログラム「パワスピ・ポイントクラブ」と連携させ、さらにdポイントやPayPayといった外部サービスとも提携することで、包括的なロイヤルティ・決済エコシステムを構築している。
  • インセンティブ: 「アプリ内で購入するよりお得」であることを謳い、購入額に応じたポイント(パワスピ・ゴールド)付与や、dポイントの利用・獲得といった複層的なインセンティブを提供している。
  • 分析: コナミは、クレジットカード、独自の電子マネー「PASELI」、PayPay、キャリア決済など、極めて多様な決済手段を用意しており、あらゆるユーザー層をカバーしようという強い意志が見て取れる。

3.4 株式会社コロプラ (3668):提携ベースのアプローチ「アプリペイ」

  • システムとタイトル: コロプラは、看板タイトル『白猫プロジェクト NEW WORLD’S』において、外部決済サービス「アプリペイ」内に公式ストアを開設した。
  • 導入: 自社でストアをゼロから構築するのではなく、サードパーティのB2Bサービスを活用するモデルを採用。これにより、開発投資を抑え、迅速に市場に参入することを可能にしている。
  • インセンティブ: ゲーム内通貨「ジュエル」の増量や、ストア限定のおまけアイテムの付与といった、直接的で分かりやすい特典を提供している。
  • 分析: この提携モデルは、独自プラットフォームを構築するリソースがない、あるいはそのリスクを取りたくない企業にとって、現実的かつ有効な選択肢となる。

3.5 ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社 (3765):長年の実績を持つ多角的決済戦略

  • システムとタイトル: ガンホーは、PCオンラインゲーム時代からの流れを汲み、『パズル&ドラゴンズ』や『ラグナロク』シリーズにおいて、以前から直接決済手段を確立している。
  • 導入: 特定の「ストア」という形態よりも、SBペイメントサービスのような決済代行会社を利用した、統合的な決済システムとして機能している。
  • 分析: WebMoney、BitCash、PayPayなど、国内で利用可能な決済手段を幅広くカバーしている点が特徴である。ただし、近年の同社の業績は減益傾向にあるが、これは長年続く決済戦略とは直接関連がなく、サイバーエージェントやスクエニのように「外部決済導入による利益率改善」といった明確な相関関係は、提供された資料からは確認できない。

3.6 株式会社ネクソン (3659):グローバルプレイヤーのアプローチ「NEXONダイレクト支払い」

  • システムとタイトル: ネクソンは、『メイプルストーリーM』を始めとするPC・モバイルタイトル群に対して、「NEXONダイレクト支払い」という独自のグローバル決済システムを提供している。
  • 導入: 国際的な大手パブリッシャーとしての地位を反映し、自社コイン、Apple/Google Pay、PayPay、各種電子マネー、3Dセキュア対応クレジットカードなど、極めて包括的な決済オプションを揃えている。
  • 分析: ネクソンのアプローチは、特定のヒット作への対応というより、グローバルな事業基盤全体を支えるインフラとして決済システムを位置づけている点で特徴的である。

3.7 株式会社ディー・エヌ・エー (2432):野心的なプラットフォーム戦略「DeNA Pay」

  • システム: DeNAは「DeNA Pay」という決済サービスそのものを立ち上げた。
  • 導入: これは本レポートで確認された中で最も野心的なモデルである。単なるゲームストアではなく、Visaブランドのバーチャルプリペイドカードを発行し、オンライン・オフラインのタッチ決済にも対応する本格的な金融プラットフォームを目指している。当初はプロ野球チームのアプリ「BAYSTARS STAR GUIDE」と連携して開始されたが、将来的には『ポケモンマスターズ EX』を含むDeNAの各事業領域への展開が予定されている。
  • 分析: DeNAの戦略は、ゲーム課金の手数料回避という枠を越え、決済サービス自体を新たな事業の柱にしようとする壮大な試みである。

3.8 調査対象外および除外された企業

本調査の網羅性を担保するため、調査過程で検討されたものの、最終的に「スマートフォンゲームのゲーム内通貨を販売する外部決済」の定義には合致しなかった企業についても言及する。

  • 株式会社バンダイナムコホールディングス (7832): 除外。同社のウェブストア(「プレミアムバンダイ」等)は、主にフィギュアやプラモデルといった物理的な商品、トレーディングカードゲーム(TCG)を取り扱っており、『ドラゴンボール レジェンズ』のようなモバイルゲームの仮想通貨を直接販売するウェブストアは確認できなかった。PC版ゲームで外部決済代行業者Xsollaを利用している事例はあるが、本調査の対象とは異なる。
  • 株式会社バンク・オブ・イノベーション (4393): 除外。ヒット作『メメントモリ』はモバイルおよびPC(Steam)で提供されているが、独自のウェブストアでゲーム内通貨を販売している証拠は見つからなかった。
  • 株式会社コーエーテクモホールディングス (3635): 除外。同社のオンライン販売は、PlayStation StoreやSteamといった既存プラットフォームを通じて、ゲーム本編やDLCを販売する形態が主であり、モバイルゲームの仮想通貨販売に特化したウェブストアは確認されなかった。
  • 株式会社アカツキ (3932)、株式会社ブシロード (7803)、株式会社Aiming (3911): 除外。これらの企業のオンラインストアは、キャラクターグッズ販売や関連性のない事業のものであった。

この調査結果から浮かび上がるのは、外部決済の導入が、一部の成功した長期運営型の「ライブサービス」ゲームによって牽引されているという事実である。『ウマ娘』、『モンスト』、『FFBE幻影戦争』、『プロスピA』、『白猫』といったタイトルは、いずれも熱心で高額課金も厭わないユーザーベースを長年にわたって維持している。ウェブストアの構築と運営には相応の投資が必要であり、それは確固たる収益基盤と、デベロッパーを信じて外部サイトまでついてきてくれる忠実なコミュニティを持つ、トップクラスのゲームでなければ正当化が難しい。この戦略は、いわば「富める者がさらに富む」メカニズムとして機能し、上位のゲームが利益率を改善して再投資を加速させる一方で、その他多数のゲームは引き続きプラットフォームの手数料構造に依存せざるを得ないという、市場の二極化をさらに進める可能性がある。


第4章 戦略的導入モデルの比較分析

外部決済への移行という潮流は、一枚岩ではない。各社は自社の戦略的立ち位置、保有するIPの性質、そして技術的リソースに基づき、異なるアプローチを採用している。本章では、前章で特定された企業の事例を、3つの主要な戦略モデルに分類し、それぞれの長所と短所を比較分析する。

4.1 モデル1:専用タイトル特化型ウェブストア

  • 該当企業: 株式会社MIXI(モンストWebショップ)、株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス(Web幻導石ショップ)
  • 分析: このモデルは、単一の、しかし圧倒的な収益力を持つIPにリソースを集中させるアプローチである。特定のタイトルに最適化されたユーザー体験とマーケティングメッセージを展開できるため、高いROI(投資対効果)が期待できる。例えば、「モンストWebショップ」は『モンスターストライク』のユーザーだけに、「Web幻導石ショップ」は『FFBE幻影戦争』のユーザーだけに語りかければよい。しかし、そのリスクもまた集中にある。万が一、その中核タイトルの人気が衰えれば、ストアへの投資価値も同時に大きく損なわれることになる。

4.2 モデル2:独自マルチゲーム決済プラットフォーム

  • 該当企業: コナミグループ株式会社(KONAMI Gamesストア)、株式会社ネクソン(NEXONダイレクト支払い)、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA Pay)
  • 分析: これは、より野心的で長期的な視点に立った戦略である。複数のゲームタイトルを束ねることで、開発やマーケティングにおける規模の経済を追求する。コナミの「パワスピ・ポイントクラブ」のように、統一されたユーザーアカウントとロイヤルティプログラムを導入することで、ユーザーを自社のエコシステム内に留め、タイトル間の回遊を促すことが可能になる。この戦略は、強力なタイトルのポートフォリオを持つ企業に特に有効である。ただし、初期投資はモデル1よりも高額になり、プラットフォームとしての魅力を維持するための継続的な努力が求められる。特にDeNAの「DeNA Pay」は、ゲームの枠を超えて汎用的な決済インフラを目指すという点で、このモデルの最も先進的な形態と言える。

4.3 モデル3:外部サービス提携モデル

  • 該当企業: 株式会社コロプラ(アプリペイ利用)、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社(SBペイメントサービス利用)
  • 分析: このモデルは、資本を抑え、市場投入までのスピードを重視するアプローチである。決済処理やセキュリティコンプライアンスといった複雑な業務を、専門のサードパーティにアウトソースする。これにより、自社に専門知識やリソースが不足している場合でも、迅速に外部決済のメリットを享受することができる。コロプラが「アプリペイ」を利用したケースは、この典型例である。その代償として、ユーザー体験に対するコントロールが限定的になる可能性や、プラットフォーム手数料を回避して得た利益の一部を、提携先のサービスプロバイダーと分け合う必要があるといったトレードオフが存在する。

4.4 導入を促進するインセンティブの技術

どのモデルを採用するにせよ、ユーザーをアプリ内課金の快適な環境から外部ストアへ誘導するには、強力なインセンティブが不可欠である。各社が採用する戦略は、主に以下の4つに分類できる。

  • 直接的な金銭的インセンティブ: 最も一般的かつ効果的な手法。MIXI、スクウェア・エニックス、コロプラなどが採用しており、「同じ価格でより多くの仮想通貨が手に入る」という、誰にでも分かりやすい価値を提供する。
  • 限定コンテンツ: スクウェア・エニックスの「幻影マイレージメダル」のように、ウェブストアでしか入手できないアイテムや特典を用意することで、特別な価値を創出する。
  • ロイヤルティ・ポイントシステム: コナミの「パワスピ・ゴールド」のように、繰り返し購入するユーザーにポイントを付与し、割引やアイテム交換に利用できるようにすることで、顧客の定着を図る。
  • 決済手段の多様性: 日本の消費者市場の特性を深く理解し、クレジットカード以外の決済手段を豊富に揃えることも、重要なインセンティブとなる。特に、クレジットカードを持たない若年層や、オンラインでのカード利用に抵抗がある層にとって、PayPayやコンビニ決済、各種電子マネーが利用できることは、ストア選択の決定的な要因となり得る。ガンホーやネクソン、コナミの幅広い決済オプションは、この戦略の重要性を示している。

第5章 将来展望と戦略的提言

外部決済への移行は、一過性のブームではなく、日本のモバイルゲーム市場における恒久的な構造変化である。この新たな時代において、企業、投資家、そして業界全体がどのように適応していくべきか。本章では、今後のトレンドを予測し、ステークホルダーに対する戦略的な提言を行う。

5.1 後戻りできない潮流:外部決済の普及予測

サイバーエージェントやスクウェア・エニックスといった先駆者の成功は、他の大手パブリッシャーにとって、もはやこの流れを無視できない強力な動機付けとなっている。今後、十分な規模とユーザーロイヤルティを持つIPを抱える企業は、雪崩を打ってこの戦略に追随する可能性が高い。

この動きは、日本のモバイル決済市場全体の急成長というマクロトレンドとも軌を一にしている。市場規模は2024年の1,730億米ドルから、2033年には1兆4,630億米ドルへと、年平均23.4%の成長が見込まれており、ゲーム課金はこの巨大市場の主要な牽引役であり、また受益者となるだろう。さらに、一部のゲームがGoogle Playを介さずに独自配信で成功を収める事例も現れており、プラットフォーム依存からの脱却を目指す動きは、あらゆるレベルで加速していくと考えられる。

5.2 リスクの航海:プラットフォームとの関係、サイバーセキュリティ、そしてユーザー体験

この戦略的転換は、大きな機会をもたらす一方で、看過できないリスクも伴う。

  • プラットフォームとの関係: ポリシーの抜け穴を活用しつつも、AppleやGoogleとの関係を慎重に管理する必要がある。プラットフォーム側からの懲罰的な措置を誘発するような、過度に攻撃的な誘導は避けるべきである。
  • サイバーセキュリティ: 決済システムを自社で運営することは、ユーザーの個人情報や決済情報を保護する重大な責任を負うことを意味する。MIXIが準拠したPCI DSSのようなセキュリティ基準への対応は必須であり、一度でも大規模な情報漏洩や不正利用が発生すれば、ブランドの信頼は回復不可能なダメージを受けるだろう。
  • ユーザー体験(UX)の摩擦: 最大の課題は、依然としてIAPのシームレスな体験と比較した場合の、ユーザーの手間である。アカウント連携、サイトへの遷移、決済情報の入力といった各ステップにおけるUXを継続的に最適化し、離脱率を最小限に抑える努力が不可欠となる。

5.3 ゲームパブリッシャーのための戦略的必須事項:意思決定フレームワーク

外部決済戦略を検討するパブリッシャーは、以下の項目について自問すべきである。

  1. 規模とロイヤルティ: 自社のタイトルは、外部ストアへの投資を正当化できるだけのユーザー規模と、移行を促せるだけのロイヤルティを確保しているか?
  2. モデルの選択: 「専用ストア」「プラットフォーム」「外部提携」のどのモデルが、自社の企業戦略、IPポートフォリオ、そしてリソースに最も合致しているか?
  3. インセンティブ設計: 高い導入率を達成するために、どのようなインセンティブ(金銭的、限定コンテンツ、ポイント等)を設計するか?
  4. 専門知識の確保: セキュリティ、法務、Eコマース運営、顧客サポートといった専門分野において、社内に十分な知見があるか。なければ、信頼できるパートナーは存在するか?

5.4 投資家への示唆:重要業績評価指標(KPI)と未来の勝者の特定

この新たな市場環境を分析する投資家やアナリストは、従来の売上やダウンロード数といった指標に加え、新たなKPIに注目する必要がある。

  • 外部決済比率: ゲーム事業の総売上のうち、何パーセントがアプリストア外から生み出されているか。これは、このトレンドの浸透度と収益性改善への貢献度を測る最も重要な指標である。
  • D2CチャネルにおけるCACとLTV: 直接獲得・課金させたユーザーの顧客獲得コスト(CAC)と生涯価値(LTV)は、従来のプラットフォーム経由のユーザーと比較してどう違うのか。
  • 利益率の拡大: 各社のゲーム事業における営業利益率が、外部決済導入後にどのように変化したかを時系列で追跡する。

結論として、この外部決済革命の時代における勝者となるのは、単に良いゲームを作る企業ではない。強力なIPと、それに付随する忠実なユーザーベースを持ち、複数のタイトルを擁するポートフォリオを背景に、そして何よりも、魅力的で信頼性の高いD2Cエコシステムを構築するための戦略的ビジョンとリソースを兼ね備えた企業である。この変化は、日本のモバイルゲーム業界の競争地図を、今後数年で大きく塗り替えていくだろう。


参考文献

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Google Play Console ヘルプ: https://support.google.com/googleplay/android-developer/answer/10281818?hl=ja

Cygames Store: https://webstore.cygames.com/umamusume/

FFBE幻影戦争 WAR OF THE VISIONS | SQUARE ENIX: https://players.wotvffbe.com/webstore/

payment navi: https://paymentnavi.com/paymentnews/143334.html

パワスピ・ポイントクラブ: https://pawaspi-point.konami.net/general/prospi_games_store

横浜DeNAベイスターズ: https://www.baystars.co.jp/dena-pay/?pctop=pickup4

gamebiz: https://gamebiz.jp/news/410507

gamebiz: https://gamebiz.jp/news/410492

バンドルカード: https://vandle.jp/hello/usage-umamusume/

Cygames サポート: https://support.cygames.com/faq/webstore/

バンドルカード: https://vandle.jp/hello/usage-umamusume-webstore/

gamebiz: https://gamebiz.jp/news/390550

KONAMI アミューズメントゲームステーション: https://p.eagate.573.jp/payment/p/ex_select_course.html?course=eaBASIC

株式会社コロプラ: https://colopl.co.jp/news/pressrelease/2024112801.php

ガンホー・オンライン・エンターテイメント: https://secure.gungho.jp/faq/faqdetail.aspx?id=660bd9e2-9312-4313-9592-f0e14afdfae9

NEXON: https://jp.nexon.com/dipay/pay-info

Zenn: https://zenn.dev/mixi/articles/b995a15b075f9b

note: https://note.com/career_marke/n/n5d4a07f49b0e

YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=m-nh19AQmn8

PayPay: https://paypay.ne.jp/notice/20240826/c-konami/

ファミ通.com: https://www.famitsu.com/article/202411/25744

PR TIMES: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001740.000004473.html

期待株ホンネ診断: https://kitaishihon.com/company/3765/business

SBペイメントサービス: https://www.sbpayment.jp/purpose/needs/usecase/game/

みんかぶ: https://minkabu.jp/stock/3765/settlement

Yahoo!ファイナンス: https://finance.yahoo.co.jp/quote/3765.T/financials

メイプルストーリーM: https://mobile.nexon.co.jp/maplestorym/

CreatorZine: https://creatorzine.jp/news/detail/6293

@DIME: https://dime.jp/genre/1928932/

DeNA: https://dena.com/jp/services/games.html

プレミアムバンダイ: https://p-bandai.jp/chara/c0005/?page=1&n=60&C5=AA&sort=1

バンダイ ホビーサイト: https://bandai-hobby.net/series/dragonball/

ドラゴンボール レジェンズ: https://dble.bn-ent.net/jp/

バンダイナムコエンターテインメント: https://bnent.jp/wstore_uce

AppMedia: https://appmedia.jp/news/26770435

GAMECITY: https://www.gamecity.ne.jp/shinsei/wpk/

PlayStation Store: https://store.playstation.com/ja-jp/product/JP0106-CUSA00255_00-HDDBOOT000000001/

株式会社アカツキ: https://aktsk.jp/

ブシロード オンラインストア: https://bushiroad-store.com/

AIMYON OFFICIAL ONLINE STORE ‘AIM’: https://store.plusmember.jp/aimyon/

IMARC Group: https://www.imarcgroup.com/report/ja/japan-mobile-payments-market

note: https://note.com/mottoi/n/n75e162e936c2

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