EPS成長と株価上昇:その連動メカニズムの徹底解剖と企業事例分析

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EPSの理解が曖昧だったのでAIとお勉強しました。

目次

序論:企業価値の根源を理解する

株式投資の本質とは、企業の将来にわたる収益力に対する所有権の一部を取得することにあります。投資家が保有する一株の株式は、その企業が生み出す未来の利益分配にあずかる権利そのものです。この基本的な前提から、すべての投資家が直面する根源的な問いが生まれます。「企業の事業的な成功、すなわち利益の創出は、いかにして投資家の保有する株価の上昇という形で還元されるのか?」という問いです。多くの投資家が「EPS(一株当たり利益)の成長が株価を押し上げる」という経験則を知っていますが、その背後にある金融理論や市場心理の力学を深く理解しているケースは多くありません。

本レポートの目的は、このブラックボックスを解明することにあります。企業の財務諸表に記載される業績(EPS)と、株式市場における評価(株価)とを結びつける核心的なメカニズムを、段階的かつ論理的に解説します。具体的には、株主にとっての利益の最小単位である「EPS」の重要性を定義し、市場の期待値を定量化する「PER(株価収益率)」との関係性を明らかにします。そして、この理論的枠組みが現実の市場でどのように機能するのかを、日本を代表する企業の具体的な財務データと株価推移を詳細に分析するケーススタディを通じて、具体的に例証します。本レポートを読み終える頃には、EPSの成長がなぜ、そしてどのようにして株価上昇の最も強力な駆動力となるのかについて、深く、かつ実践的な理解を得られることを目指します。

第1章:EPSを理解する — 株主収益性の究極的な指標

1.1 EPSとは何か?「一株当たり利益」の分解

EPS(Earnings Per Share)は、企業が特定の会計期間に上げた最終的な純利益を、発行済みの普通株式一株当たりに換算した指標です [1, 2]。これは、株主の視点から見た企業の収益性を最も直接的に示すものであり、企業の複雑な財務活動の成果を、株主の所有単位である「一株」というシンプルな尺度に集約したものです [3]。

その計算式は、以下の通りです [1, 4, 5]。

$$EPS = \frac{\text{当期純利益}}{\text{発行済株式数}}$$

ここで言う「当期純利益」とは、売上高から原材料費、人件費、販売費、研究開発費といったすべての営業費用を差し引き、さらに支払利息や法人税などを支払った後に残る、最終的な利益を指します [3, 6]。また、より厳密な計算では、期中における新株発行や自己株式取得の影響をならすため、分母には「期中平均発行済株式数」が用いられるのが一般的です [7, 8]。

投資家が企業の利益総額ではなく、EPSに着目するのには明確な理由があります。それは、企業の規模に関わらず、一株当たりの「稼ぐ力」を比較可能にするためです。例えば、ここに純利益が全く同じ15億円であるA社とB社が存在したとします [5]。

  • A社: 発行済株式数 1,000万株 → EPS = 15億円 ÷ 1,000万株 = 150円
  • B社: 発行済株式数 2,000万株 → EPS = 15億円 ÷ 2,000万株 = 75円

この場合、両社の利益総額は同じでも、A社の一株はB社の一株の2倍の利益を生み出していることになります。つまり、A社の方が資本をより効率的に活用し、一株当たりの価値を高く創造していると評価できます。企業の経営者は利益総額の拡大を目指しますが、投資家の所有権は株式数で測られます。EPSは、企業全体の業績を、投資家が持つ所有権の単位にまで落とし込んだ指標であり、株主価値創造の根源的な単位と言えます。EPSが継続的に成長するということは、自身が保有する一株一株が生み出す利益の分け前が増え続けることを意味し、これこそが投資家にとってEPSの成長が最も重要視される理由なのです [7]。

1.2 他の主要指標との関連性から見るEPS

EPSは単独で存在する指標ではなく、他の重要な財務指標と密接に関連し合うことで、企業の財務状況を多角的に描き出します。

  • BPS(一株当たり純資産)との関係
    EPSが企業の収益力、すなわち「稼ぐ力」を示すフローの指標であるのに対し、BPS(Book Value Per Share)は企業の安定性や解散価値を示すストックの指標です [7, 8]。BPSは企業の純資産(総資産から負債を引いたもの)を発行済株式数で割ることで算出され、一株当たりにどれだけの純資産が裏付けられているかを示します。EPSとBPSを併せて分析することで、企業がどれだけの資産(BPS)を使って、どれだけの利益(EPS)を生み出しているのかという、収益性と安定性の両面から企業価値を評価できます。
  • DPS(一株当たり配当金)および配当性向との関係
    株主への直接的な現金還元である配当金(DPS: Dividends Per Share)の源泉は、企業が稼ぎ出した利益、すなわちEPSです [4]。企業が稼いだ利益(EPS)のうち、どれだけの割合を配当として株主に還元したかを示すのが「配当性向」であり、以下の式で計算されます [5]。 $$ \text{配当性向} (\%) = \frac{\text{一株当たり配当金 (DPS)}}{\text{一株当たり純利益 (EPS)}} \times 100 $$ 例えば、EPSが100円の企業が年間25円の配当を出した場合、配当性向は25%となります。この関係は、EPSの成長が将来の増配期待に直結することを示唆しています。
  • ROE(自己資本利益率)との関係
    ROE(Return on Equity)は、株主の出資分である自己資本をどれだけ効率的に使って利益を上げたかを示す、投資家が特に重視する収益性指標です [4]。ROEは「当期純利益 ÷ 自己資本」で計算されますが、これを一株当たりに変換すると「EPS ÷ BPS」という形でも表現できます [5]。この式は、一株当たりの資産(BPS)を元手に、どれだけの一株当たり利益(EPS)を生み出したかを示しており、EPSがROEを構成する重要な要素であることを明確にしています。EPSの向上は、BPSが一定であれば、直接的にROEの改善につながります。

第2章:核心的論理 — 利益が株価を動かす根本メカニズム

2.1 企業価値評価の基本方程式:株価 = EPS × PER

EPSの成長がなぜ株価の上昇につながるのか。その核心的な論理は、株式の理論的な価値を算出する一つの基本方程式によって、極めて明快に説明することができます。その方程式とは以下の通りです [5, 9]。

$$\text{理論株価} = \text{EPS (一株当たり利益)} \times \text{PER (株価収益率)}$$

この式は、企業の業績(EPS)と市場の評価(株価)とを結びつける「橋」の役割を果たします。左辺の「理論株価」は市場で形成される実際の株価が目指すべき価値水準を示し、右辺の「EPS」は企業のファンダメンタルズ(基礎的条件)そのものを、「PER」は市場参加者がその企業の利益に対してどれだけの期待を寄せ、何倍の価格を支払うことを許容しているかを示す「期待の倍率」を表します。

このメカニズムを、具体的な数値例で見てみましょう [9]。

  1. 1年目の状況:
    ある企業のEPSが100円だったとします。そして、株式市場全体や同業他社の状況から、この企業の利益に対して投資家が平均して15倍の価格を付けるのが妥当だと判断されているとします。この「15倍」がPERです。
    この時の理論株価は、$100円 \times 15倍 = 1,500円$ となります。
  2. 2年目の状況:
    翌年、この企業が好決算を発表し、今期の予想EPSが前期比10%増の110円になると発表したとします。
    ここで重要なのは、市場の期待水準であるPERが変化しないと仮定することです。つまり、投資家は引き続きこの企業の利益に対して15倍の価値を認めるとします。
    すると、新たな理論株価は、$110円 \times 15倍 = 1,650円$ となります。

この単純な計算が、EPSの成長が株価を押し上げるという現象の根幹にある「理屈」です。EPSが10%成長すれば、市場の期待値(PER)が一定であれば、理論株価もまた10%上昇します。投資家は、企業のEPS成長予測を基に将来の株価上昇を期待し、現在の株価が割安であれば買い注文を入れます。この買い需要が積み重なることで、実際の株価は新たな理論株価である1,650円へと収斂していくのです。

2.2 株価上昇の二つの駆動力:業績主導型と期待主導型

株価の変動は、前述の方程式 株価 = EPS × PER に基づき、その構成要素である「EPSの変化」と「PERの変化」の二つに分解して考えることができます [10]。これは、株価上昇の質を見極める上で極めて重要な視点です。

  • EPS主導型の上昇(業績相場)
    これは、企業の好決算や業績の上方修正によってEPSそのものが増加し、それが株価を押し上げるケースです [11]。このタイプの上昇は、企業の事業活動が実際に好転し、収益力が向上したという「業績」という確固たる裏付けに基づいています。投資家は、企業が生み出す利益の絶対額が増加したことを評価して株を買い進めるため、ファンダメンタルズに根差した健全で持続可能性の高い株価上昇と見なされます。
  • PER主導型の上昇(期待相場)
    一方、こちらはEPSは変わらない、あるいは微増に留まっているにもかかわらず、PERの倍率が拡大することによって株価が上昇するケースです [11]。これは、市場に何らかの好材料(例えば、新技術への期待、金融緩和、業界再編の思惑など)が広がり、投資家の将来に対する「期待」や楽観的な心理が先行して株価を押し上げる現象です。業績という実態が伴っていないため、この種の株価上昇は、将来その期待が現実のEPS成長によって裏付けられなければ、剥落しやすいという脆弱性を内包しています。

株価という一つの数字の変動の背景には、常に「業績という現実」と「期待という市場心理」の綱引きが存在します。長期的な資産形成を目指す投資家にとって、株価上昇がEPSの着実な成長に支えられたものなのか、それともPERの拡大という一時的な熱狂によるものなのかを見極めることは、投資判断の質を大きく左右します。持続的な株価上昇の最も重要な要素は、やはり業績の改善、すなわちEPSの上昇であると考えられています [11]。

第3章:PERという乗数 — 市場心理と成長期待の定量化

株価方程式 株価 = EPS × PER において、EPSが企業の「実力」を表す変数だとすれば、PERはその実力に対して市場が与える「評価」や「期待」を数値化した乗数(マルチプル)です。PERを深く理解することは、なぜ同じEPSの企業でも株価が大きく異なるのか、そしてなぜ成長がプレミアムとして評価されるのかを解き明かす鍵となります。

3.1 PERの高低が意味するもの

PERは、株価をEPSで割ることで算出されます($PER = 株価 \div EPS$)[6, 12, 13]。この数値は、投資家がその企業の利益1円に対して、何円の株価を支払っているかを示しています [14]。

  • 投資回収期間としてのPER: 直感的には、PERは「現在の利益水準が続いた場合、投資した元本を何年で回収できるか」を示す指標と解釈できます。例えばPERが15倍の株は、その企業の15年分の利益で現在の株価に相当する価値を生み出す、と市場が評価していることを意味します。
  • 期待のバロメーターとしてのPER: PERの数値は、市場参加者の将来に対する期待値を反映します。一般的にPERが高い銘柄は、投資家がその企業の将来的なEPSの急成長を強く信じていることを示唆します [6]。彼らは、将来「E(利益)」が大きく成長し、現在の高い「P(株価)」を正当化してくれると期待して、プレミアムを支払っているのです。逆にPERが低い銘柄は、市場からの成長期待が低いか、あるいは何らかの事業リスクが懸念されていることを示します。
  • 絶対基準は存在しない: PERに「適正」とされる絶対的な水準は存在しません [6]。その評価は常に相対的なものです。企業の過去のPER水準、同業他社のPER、そして市場全体の平均PERと比較することで、初めてその株価が割高か割安かを判断する材料となります [9, 14]。

3.2 なぜ「成長」にプレミアムが付くのか

現在のEPSが全く同じ二つの企業があっても、将来の成長期待が異なれば、市場が与えるPERは大きく異なります。このメカニズムを、具体的なシミュレーションで見てみましょう [9]。

  • A社(安定的な公益企業):
    • 現在のEPS: 100円
    • 年平均EPS成長率: 2%
    • 10年後の予想EPS: $100円 \times (1.02)^{10} \approx 122円$
  • B社(革新的なテクノロジー企業):
    • 現在のEPS: 100円
    • 年平均EPS成長率: 10%
    • 10年後の予想EPS: $100円 \times (1.10)^{10} \approx 259円$

両社の現在のEPSは100円で同じですが、10年後にはB社の稼ぐ力はA社の2倍以上になります。株式市場は常に未来を織り込んで価格を形成するため、投資家はB社のより価値の高い将来の利益の源泉に対して、現在時点ではるかに高い価格を支払うことを厭いません。

仮に、両社ともPERが15倍のままだとすれば、10年後の理論株価は以下のようになります。

  • A社の10年後の理論株価: $122円 \times 15倍 = 1,830円$
  • B社の10年後の理論株価: $259円 \times 15倍 = 3,885円$

投資家がこの10年後の価値を期待して今すぐ投資を行うと、株価は現在のEPS(100円)に対して、将来の価値を織り込んだ水準まで買われます。その結果、現在のPERは以下のようになります。

  • A社の現在PER: $1,830円 \div 100円 = 18.3倍$
  • B社の現在PER: $3,885円 \div 100円 = 38.85倍$

このように、PERは市場が将来の成長性を現在価値に割り引くための主要なメカニズムとして機能します。投資家が高いPERの株式を購入する時、それは暗黙のうちに「この企業は将来、高いEPS成長を実現する」という予測に賭けているのです。もしその成長が期待外れに終われば、たとえ減益にならなくても、市場の期待値が剥落しPERが収縮することで、株価は下落します。このダイナミズムこそが、株式市場の核心です。

第4章:詳細ケーススタディ — 現実世界におけるEPSと株価

理論的な枠組みを理解した上で、次に実際の企業データを用いて、EPSの成長と株価の連動性を検証します。ここでは、異なる成長軌道を描いてきた日本を代表する3社を取り上げ、その財務データと株価推移を分析します。

4.1 ケーススタディ:キーエンス (6861) — 持続的EPS成長の模範

FA(ファクトリーオートメーション)センサーなどを手掛けるキーエンスは、驚異的な高収益体質を背景に、持続的なEPS成長と株価上昇を実現してきた企業の典型例です。

キーエンスのEPSと株価の推移

決算期(3月)調整後EPS (円) [15]期末株価 (概算・円)
2017年497.56約 19,000
2018年868.33約 28,000
2019年932.46約 32,000
2020年816.91約 35,000
2021年813.47約 50,000
2022年1,250.83約 55,000
2023年1,496.60約 60,000
2024年1,524.14約 65,000
2025年 (予想)1,643.77約 55,550 (2025年8月時点)

(注: 過去の株価は株式分割を考慮して調整した期末時点の概算値)

分析
上の表は、キーエンスのEPSと株価の間に極めて強い正の相関関係があることを明確に示しています。2017年3月期から2024年3月期にかけて、EPSは約3倍に成長し、それに伴い株価も大きく上昇しました。特に注目すべきは、2020年や2021年のように世界経済の不確実性からEPSが一時的に足踏みした期間でさえ、株価は上昇を続けている点です。これは、市場が同社の長期的な競争優位性と収益成長能力を高く評価し、短期的な業績の揺らぎを許容して高いPERを維持し続けた結果と考えられます [16, 17]。

投資家は、同社が過去にわたり一貫して高いEPS成長を遂げてきた実績を信頼しています。この信頼が、常に高いPER(株価収益率)を正当化し、EPSの成長がダイレクトに株価上昇へとつながる好循環を生み出しているのです。キーエンスの事例は、長期にわたる安定したEPSの成長こそが、株主価値を最大化する王道であることを示す、まさに教科書的なケースと言えます。

4.2 ケーススタディ:ファーストリテイリング (9983) — グローバル展開が牽引する成長

「ユニクロ」ブランドを世界的に展開するファーストリテイリングは、明確な事業戦略がEPS成長に結びつき、株価を押し上げてきた好例です。

ファーストリテイリングのEPSと株価の推移

決算期(8月)調整後EPS (円)期末株価 (概算・円)
2015年1,177.41 (予想) [18]約 48,000
2016年588.55 (予想) [19]約 35,000
2017年1,169.35*約 32,000
2018年1,518.59*約 57,000
2019年1,594.13*約 65,000
2020年295.1 [20]約 68,000
2021年554.4 [20]約 70,000
2022年891.8 [20]約 80,000
2023年966.1 [20]約 34,000 (分割後)
2024年1,212.9 [20]約 46,280 (2025年8月時点)

(注: 2020年以降のEPSは2023年3月の3分割を反映した数値 [20]。それ以前のEPS(*)は、当時のIR資料記載の親会社株主に帰属する当期利益と期中平均発行済株式数から算出した参考値。株価は期末時点の概算値)

分析
ファーストリテイリングの株価は、同社のEPSの動向と密接に連動してきました。特に注目すべきは、2016年8月期に利益が落ち込んだ局面です。この時期、同社は価格戦略の迷いや暖冬の影響を受け、業績が低迷しました [21, 22]。その結果、EPSが大幅に減少し、株価もそれに連動して下落しました。

しかし、その後、同社は海外ユニクロ事業、特にグレーターチャイナや東南アジアでの力強い成長をエンジンに、再びEPS成長軌道に復帰します [23, 24]。この業績回復と成長再加速が市場に評価され、株価も力強く反発・上昇しました。2023年の株式分割後の数値を見ても、EPSが891.8円から1,212.9円へと成長する過程で、株価も34,000円台から46,000円台へと上昇基調を辿っています。この事例は、一時的な業績不振があっても、明確な成長戦略(グローバル展開とGU事業の育成)によってEPS成長を回復させることができれば、株価も再び上昇トレンドに戻ることを示しています [22, 25]。

4.3 ケーススタディ:ニデック (6594) — 業績悪化がもたらす結末

精密小型モーターで世界的なシェアを誇るニデックは、成長企業として長年市場から高い評価を受けてきましたが、その成長ストーリーに陰りが見えた時、株価がどのように反応するかを示す重要な事例を提供しています。

ニデックのEPSと株価の推移

決算期(3月)調整後EPS (円) [26, 27]期末株価 (概算・円)
2017年110.98約 2,500
2018年93.96約 3,200
2019年51.06約 2,800
2020年104.13約 2,500
2021年117.15約 6,500
2022年32.13約 4,500
2023年108.89約 2,500
2024年145.95約 2,300
2025年 (予想)145.95約 2,882 (2025年8月時点)

(注: 株価は株式分割を考慮して調整した期末時点の概算値)

分析
ニデックのデータで最も注目すべきは、2022年3月期(2023年3月期決算)のEPSの急落です。前年度の117.15円から32.13円へと70%以上も減少しました [26]。この業績悪化の背景には、主力事業の一つであったパソコン向けハードディスク(HDD)用モーター市場の急速な縮小、中国のロックダウンによる影響、そして大規模な構造改革費用の計上など、複数のネガティブ要因が重なりました [28, 29, 30]。

市場の反応は迅速かつ厳しいものでした。EPSの急落と同時に、株価も大きく下落しました。これは単に 株価 = EPS × PER の方程式における「EPS」の数値が低下したことだけが原因ではありません。より深刻なのは、この業績悪化が、これまで市場が信じてきた「ニデックの揺るぎない成長ストーリー」に疑問符を付けたことです。その結果、投資家の期待値が大きく後退し、「PER」の倍率も同時に収縮するという「ダブルパンチ」に見舞われたのです。

この事例は、EPSの急激な悪化が、企業のファンダメンタルズを傷つけるだけでなく、市場の信頼と期待(PER)をも破壊し、株価に二重の打撃を与えることを生々しく示しています。企業の成長物語が崩壊した時、その株価への影響はEPSの減少率以上に大きくなる可能性があるのです。

第5章:「サプライズ」の重要性 — なぜ市場予想を超えることが重要なのか

これまで、EPSの成長が株価を動かす基本的なメカニズムを見てきました。しかし、現実の株式市場、特に決算発表前後の短期的な株価変動は、もう一つの重要な要素、すなわち「市場の期待との比較」によって大きく左右されます。

5.1 マーケットコンセンサスの導入

上場している主要企業については、多くの証券会社のアナリストがそれぞれ独自の分析に基づき、企業の将来の売上高や利益、そしてEPSの予測を発表しています。これらの専門家の予測値を集計し、その平均値を取ったものが「マーケットコンセンサス(市場コンセンサス予想)」と呼ばれます [31, 32]。

このコンセンサスは、決算発表日における事実上の「合格ライン」として機能します。なぜなら、決算発表前の株価は、すでにこのコンセンサスで示された業績レベルを織り込んでいる(価格に反映している)と考えられるからです [31]。したがって、投資家が注目するのは、発表された実績値が前期や前年同期と比べてどうだったかという点だけでなく、「市場が事前に予想していた水準(コンセンサス)を上回ったか、下回ったか」という点なのです。

5.2 「決算サプライズ」が株価を動かす力

企業の決算発表内容が、この市場コンセンサスと比較してどうだったかによって、株価は大きく動きます。

  • ポジティブ・サプライズ: 発表されたEPSが市場コンセンサスを上回った場合、それは「ポジティブ・サプライズ」となります。これは、市場が考えていた以上にその企業の業績が好調であることを意味し、アナリストたちは将来の業績予想を引き上げる可能性が高まります。これを受けて、投資家からの買い注文が殺到し、株価は急騰することが多くあります [33, 34]。
  • ネガティブ・サプライズ(失望という名の事例): 逆に、発表されたEPSがコンセンサスに届かなかった場合、それは「ネガティブ・サプライズ」となり、株価の急落を招きます [31]。たとえ前年同期比で増益であったとしても、その伸びが市場の期待に満たなければ、「成長が鈍化している」と見なされ、売り材料となることさえあります。

この現象を具体的に示す事例として、医療機器メーカーのシスメックス(6869)が2025年8月に発表した決算後の株価の動きを見てみましょう [35]。

  • 発表内容: シスメックスは第1四半期の営業利益が前年同期比36.5%減の106億円であったと発表しました。さらに重要なことに、上半期の業績予想を従来計画から下方修正しました。
  • 株価の反応: この発表を受けて、同社の株価は429.5円安と「大幅反落」しました。
  • その論理: 市場がシスメックスの株を売ったのは、単に前年比で減益だったからだけではありません。より決定的な要因は、業績が市場の期待(コンセンサス)に届かず、かつ、会社自身が今後の見通しを引き下げた(ネガティブなガイダンスを示した)ことです。決算発表前の株価は、より高い業績への期待を前提に形成されていました。しかし、この発表によって、投資家はより低い利益水準を前提に株価を再評価する必要に迫られました。その結果が、株価の急落として現れたのです。

この事例は、株価が絶対的な業績数値そのものに反応するのではなく、市場の期待値という「ものさし」に対して、現実がどうだったかという「差分(サプライズ)」に対して動くという、株式市場の重要な性質を完璧に示しています。

第6章:結論 — インテリジェントな投資家のための実践的洞察

本レポートでは、EPSの成長が株価を押し上げる基本的な論理から、市場心理や期待が織りなす複雑な現実までを、具体的な企業事例を交えて詳細に分析してきました。最後に、これまでの議論を統合し、実践的な投資判断に役立つ枠組みを提示します。

6.1 原則の統合

本レポートで解き明かした核心的論理は、以下のシンプルな関係式に集約されます。

$$\text{株価} = \text{業績 (EPS)} \times \text{期待 (PER)}$$

この方程式から、以下の重要な原則が導き出されます。

  1. 長期的な株価上昇の源泉はEPSの持続的成長である: 企業の株価が長期にわたって上昇し続けるための根源的なエネルギーは、その企業が事業活動を通じて一株当たりの利益(EPS)を着実に成長させ続ける能力にあります。これが株主価値創造のエンジンです。
  2. 短期的な株価変動は期待の変化とサプライズに支配される: 日々、あるいは決算期ごとの株価の動きは、市場全体のセンチメントの変化(PERの変動)や、発表された業績が市場コンセンサスに対してどれだけの「サプライズ」をもたらしたかによって、大きく左右されます。

6.2 分析のためのフレームワーク

これらの原則を踏まえ、個人投資家が企業を分析し、投資判断を下す際に活用できる実践的なフレームワークを以下に示します。

  • トレンドに着目する: 一つの四半期のEPSの数字だけに一喜一憂するのではなく、複数年にわたるEPSの推移(トレンド)を分析することが重要です。その企業はキーエンスのように安定して利益を成長させているか、それとも業績の波が激しいかを見極めます [7]。
  • 「なぜ」を深く掘り下げる: EPSが成長している場合、その背景にある事業上の要因は何か(例:ファーストリテイリングの海外展開成功)を理解します。逆にEPSが減少した場合、その原因は何か(例:ニデックの構造改革費用や市場の変化)を突き止めます。その原因が一時的なものか、それとも構造的で長期にわたるものかを見極めることが、将来の株価を予測する上で不可欠です。
  • 期待の価格(PER)を評価する: その企業のPERが、自身の成長率や同業他社と比較して妥当な水準にあるかを評価します。高いPERはそれ自体が悪ではありませんが、それは市場が将来の高い成長を織り込んでいることを意味します。その高い期待に応えられなかった場合のリスク(PERの収縮リスク)を常に念頭に置く必要があります。
  • 「サプライズ」を予測する: 企業の決算発表前には、アナリストのコンセンサス予想がどの程度の水準にあるかを把握しておくことが賢明です。発表後の株価の動きは、実績がそのコンセンサスというベンチマークに対してどうだったかによって大きく左右されるため、短期的なボラティリティを理解する上で重要な手がかりとなります。

EPSと株価の関係は、企業のファンダメンタルズと市場の心理が交差する、株式投資の最も根源的でダイナミックな領域です。本レポートで提示した論理的枠組みと分析の視点が、より深く、より確信を持った投資判断を行うための一助となれば幸いです。

引用文献

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  4. EPS(1株当たり純利益)とは?計算式や目安、投資判断での活用方法 – 松井証券, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.matsui.co.jp/stock/study/article/eps/
  5. EPSとは? 仕組み、計算式、経済指標との関係性 – カオナビ人事用語集, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.kaonavi.jp/dictionary/eps/
  6. 株価をはかるモノサシ | はじめての投資 | 乙女のお財布 – 東海東京証券, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.tokaitokyo.co.jp/otome/investment/stocks/measure.html
  7. EPS(一株当たり利益)とは?計算式や活用方法を解説 | マネーフォワード クラウド, 8月 10, 2025にアクセス、 https://biz.moneyforward.com/ma/basic/496/
  8. EPSとは?経営判断に活かすための基礎知識と実践ポイントをまるごと解説!, 8月 10, 2025にアクセス、 https://newold.co.jp/2025/06/30/eps/
  9. 資産運用のキホン ~その7:株価の変動要因、理論値とはなにか …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.dlri.co.jp/report/macro/340864.html
  10. 実践的基礎知識 育てる投資編(6)<EPSとPERの関係~本源的な株価上昇は利益増加分の上昇~>, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.pictet.co.jp/basics-of-asset-management/practical-basic-knowledge/growth-investment/20220513.html
  11. EPSとPERからみる日経平均株価上昇の背景 | 三井住友DSアセット …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.smd-am.co.jp/market/ichikawa/2023/06/irepo230619/
  12. PER(株価収益率)とは?|用語解説 – 三菱UFJモルガン・スタンレー証券, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.sc.mufg.jp/learn/terms/p/260.html
  13. PER 読み – 証券用語解説集 – 野村證券, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.nomura.co.jp/terms/english/p/per.html
  14. ROI・ROE・ROA・EPS・PERとは|クラウドERPシステム MA-EYES – ビーブレイクシステムズ, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.bbreak.co.jp/maeyes/column/column16.html
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  18. Results Summary for the Six Months to February 2015 | FAST …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.fastretailing.com/eng/ir/news/1504091800.html
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  20. 一株当たりデータ | FAST RETAILING CO., LTD., 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.fastretailing.com/jp/ir/financial/pershare.html
  21. Results Summary for Fiscal 2016 (Year to August 31, 2016) | FAST …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.fastretailing.com/eng/ir/news/1610131800.html
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  23. Results Summary for Fiscal 2018 (Year to August 31, 2018) | FAST …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.fastretailing.com/eng/ir/news/1810111800.html
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  25. PowerPoint プレゼンテーション – Fast Retailing, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.fastretailing.com/eng/ir/library/pdf/20191010_results_en.pdf
  26. ニデック(株)【6594】:配当情報 – Yahoo!ファイナンス, 8月 10, 2025にアクセス、 https://finance.yahoo.co.jp/quote/6594.T/dividend
  27. Historical Data | NIDEC CORPORATION, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.nidec.com/en/ir/financial/highlight/historical_data/
  28. 日本電産、業績急悪化に潜んだ巨額買収のツケ ヨーロッパ買収企業が顧客とトラブル、損失に, 8月 10, 2025にアクセス、 https://toyokeizai.net/articles/-/651556?display=b
  29. 2023年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結), 8月 10, 2025にアクセス、 https://nidec.g.kuroco-img.app/v=1732860374/files/topics/6587_ext_2_0.pdf
  30. 日本電産が1050億円下方修正を前経営陣の失態と説明、だが真の元凶は永守氏が買収した企業!? – ダイヤモンド・オンライン, 8月 10, 2025にアクセス、 https://diamond.jp/articles/-/316900
  31. 業績がよくても株価下落、なぜ?決算発表と株価の複雑な関係性 …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.jibunbank.co.jp/column/article/00354/
  32. 株価検索の使い方 – 楽天証券, 8月 10, 2025にアクセス、 https://www.rakuten-sec.co.jp/ITS/qaJpInfo0001_08.html
  33. 決算発表佳境へ!市場予想利益が強気のプライム銘柄8選 – SBI証券, 8月 10, 2025にアクセス、 https://go.sbisec.co.jp/media/report/dom_senryaku/dom_senryaku_250801.html
  34. 決算短信投資術その2 「企業自身の業績予想」と進捗度や修正をチェックする – マネクリ, 8月 10, 2025にアクセス、 https://media.monex.co.jp/articles/-/8836

注目銘柄ダイジェスト(前場):エムスリー、シスメックス、栗田工 …, 8月 10, 2025にアクセス、 https://diamond.jp/zai/articles/-/1054317

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